行動を決める基準はなんだ
知り合いが移動には主に車を使っている。コロナが流行ってからは電車は完全にやめて、家族ぐるみで車移動を徹底していた。
初夏に感染が減ったのを期に、少し電車も利用するようになった。
今、感染大爆発なのに、そのまま電車を使っている。政府からの行動制限などがないから、らしい。
うつらないための対策をどう取るかは自由だが、その対策レベルの決定をお上に委ねている、ということに少し違和感を覚えた。
その人は車生活をしようと思えばできるのに、この大流行にもかかわらず、一度解禁した電車利用をやめることができない。
きっとマスクも一度外したら、またお上に「マスクしろよー」と通達されるまで、どんなに感染者が増えていても付けられないのだろう。
そういう人が思ったより多いから、お上は活動制限を布告しないとならないのだろう。まったく、お疲れ様である。
自分はというと、行動自体はコロナ前とほとんど変えていない。もともと電車などで風邪っぽい人がいれば距離をとるし、夜の外出もほぼしないし、家の外で飲酒する習慣もない。
コロナ以降マスクをするようになったが、ひとけの多くない屋外を歩く時はマスクを外している。これは去年からやっている。
帰宅後は手をせっけんでサラリと洗っていたし、うがいもきちんとしていた。そもそも喉が弱いから。それで風邪などほぼひかないのだ。
普段からそんな生活を送っていたから、コロナ禍で極端な不自由を感じることもなかった。
しかし、そんな普段からのささいな対策ができない人や、対策をすることによるメリットを理解していない人が未だにたくさんいるわけで。
今は鼻出しマスクの人が電車内で近くにいたら、距離を置くようにしてる。そういう人は万事に迂闊と認識しているから。迂闊な人は迂闊にウイルスをもらっている可能性が高いと推察される。近寄らないが無難だと。
こうした動きが自分をコロナやインフルから遠ざけていると信じている。それでももらう時はもらうんだろうが。
知人の話
未だにイソジンが予防に効くと信じているという話を令和4年に聞いて、のけぞった。大の大人に説教するのも馬鹿馬鹿しいので、検索ワードだけ投げてあげた。無知は早死にするが、その人のことは嫌いではないので、間違いに気づいて長生きしてほしい。
ウレタンマスクから鼻と鼻毛がいつも出てる人だから、まあなんだかアレだけど。